英語なぜなぜ? Feed

2007年9月 9日 (日)

I like to play the piano. I like playing the piano.

中学校のときに
「私はピアノを弾くのが好きです」を英語では
I like playing the piano.

I like to play the piano.
の2通りで習いますね。

でも、「この違いは何なのか?」って思いませんでしたか。
playingを使った場合とto playを使った場合は
何か違いがあるのでしょうか?

今日はこの辺のところを考えてみたいと思います。


文法的に言えばplaying は動名詞
to playは不定詞の名詞的用法です。

これは中学校2年生くらいで習いますよね。
そして
大体このあたりから英語がだんだん嫌になってきたりして・・・
「ん、動名詞?」「ん、不定詞?」「一体何?」みたいになって・・・

しかも、このplayingは

He is playing the piano.の
playingとは違っていてるんですね。

He is playing・・・は現在分詞と呼ばれていますから

また同じtoでも、
I go to school.のtoは前置詞で
to playのtoは不定詞と教わるから

「何だー」って感じになって
英語嫌いになったりしても無理はありませんね

実際、僕は文法大嫌いでした。

しかし、最近言語学者のO氏が

ingはingだ!!
toはtoだ!!と
言い切ったから、大拍手!!です。

文法的には動名詞、現在分詞の二種類のingがあるけれど

ネイティヴは「これが動名詞」で
「これが現在分詞」と区別して
使っているわけではないようです。

イギリスにいる頃、恩師のアンドリュー先生も
toはtoだ!とジェスチャーつきで言ってました。
(ここでtoのジェスチャーが見せれないのが残念ですが)

で、最初の「私はピアノを弾くのが好きです」

I like to play the piano.
I like playing the piano.

この違いをOさんは確か、

実際にいつもピアノを弾いている感じがするのが

I like playing the pianoの方で

to play the pianoは
毎日ピアノを弾いている感じではなく
ただピアノを弾くのが好きだと
淡々と言っている感じがする
と言われてしていました

そして
ingには生き生きとした「躍動感」があると
言われていたように思います。

ingは感情とかかわりがあるんですね。
その状況が生き生きと思い描ける感じです。

躍動感だったり、臨場感だったり。

だから、現在進行形や現在完了進行形を使うときは
はまさにそんな感じがしますね。

Water is boiling.と言えば
お湯が沸いたので、とめなきゃって感じがします。

I have studied English for 3years.と
I have been studying English for 3years.では

聞いている方のリアクションが違ってきます。

日本語に訳せばどちらも
[私は英語を3年間勉強しています」
で、違いはありません。

でも、この二つの文には明らかに気持ちの上で違いがあります。

聞き手の気持ちが動くのは下のingのほうです。

So, you can speak English very well.
(だから、英語を話すのが上手なんですね)というような
リアクションが返ってくるのは下の方なんです。

I have been studying English for 3 years
はingを使うことで
話し手、聞き手の両方に感情の波を起こします。

以前大学の入試試験にもその辺のところが狙われて
(       ). I'm tired of it.
(       )には入るのは
�It has rained for two days.
�It has been raining for two days
のどちらかを選ばせるような問題がありました。

答えは�なります。なぜかというと
I'm tired of it(うんざりだなあ)
という気持ちをあらわす文が後に来ているからなんです。

ingを使うことで
話しても、聞き手もそこには何か
ザワザワ、ウキウキというような感情の波が起こるようです。

それは現在分詞であっても、動名詞であってもです。

以前授業で使用したテキストにその例にふさわしい英文がありましたので、ここで紹介します。
その英文は「働く女性」の話で、
その職場では女性が毎朝男性社員にコーヒーを出すことが当然とされていて、そのことへの不満が述べられていました。
そして、その後に次のような英文が載っていました。

Making photocopies and sending fax letters for them are part of her job.

日本語に直せば

「男性社員のためにコピーをしたり、ファックスをおくったりすることが彼女がしなければならない仕事の一つです」
となります。

この英文の
making photocopies をTo make photocopies、
sending fax lettersをto send fax lettersと
不定詞で書くこともできるのですが、
ingの動名詞で書いてるのは、それなりの理由があるからです。

コピーをしたり、ファックスをおくったりすることが
毎日あってそういう仕事に嫌だなーという
感情が入っているから、ingなんです。

To make photocopies、to send faxだと、
ただそういう仕事という感じで、
ただ一般的な話をしているだけで、
感情のザワザワした波は伝わってきません。

ingは現在分詞にしても動名詞にしても、
ingで表現すれば何かしら感情の波が起こります。

マックのキャッチコピーに

I'm loving it.ってありますけど

I love it.とは明らかに違います。

マックがただ好きというのではなく
ingで表現することで

「マックを今楽しんでいる!」
とか「マックがめちゃ好き!」と
かなり気持ちが入ります。

ハリーポッターでオリバンダー老人がハリーに会ったとき

ハリーはぎこちなく「こんにちわ」といったのに対して
ずっと会えるのを楽しみに待っていた老人は

"Yes,yes. I thought I'd be seeing you soon. Harry Potter."と言うんですね

I'd see youでなくて、I'd be seeing you.と言うんです。
「そうじゃとも、そうじゃとも。まもなくお目にかかれると
思っていましたよ」 

be seeingとingで表現することで
会えるのをとても楽しみにしていたと
いう気持ちを表しています。

このようにingは感情の波を表現します。

自分の子供が毎日野球をしていて

「あいつは野球をするのが好きなんだよな」と言う場合には

He likes to play baseball.ではなくて

He likes playing baseball.です。 

ingは
ただ「〜してる」[〜すること」という意味だけでなく

そこには「ある気持ち」「ある感情」が隠されているようです。




2007年9月 6日 (木)

I'm expecting Mr.Abe.????

今日は久しぶりにお昼休みに
Georgeとたくさん雑談する時間があって、
「なるほどー!」と思うことがありましたので
皆さんにシェアーしますね。

George: 日本人が使う表現でときどき「えっ」と思うことがあるんですが、
そのひとつが、I'm expecting Mr.Abe.
と言うようにexpectの使い方です。
日本語で言えば、
「安倍総理に期待している」で、
ぜんぜんおかしくないんですけど、
それをそのまま英語で
I'm expecting Mr.Abe.というと、
ものすごく変な感じがします。
そのままの表現だとなんか落ち着かないんですね。

僕:確かにexpectだとto不定詞が必要ですよね。
I'm expecting Mr.Abe to reform・・・・
安倍総理が・・・を改革することを期待している。
というような感じで

George:そうなんですね。
to reform…というように、to不定詞が必要ですね。
あるいはI'm expecting much of Mr.Abe.ならばOKです。

僕:僕らも学校では確かにexpect 人 to doと言うように人の後には
to 不定詞を置くように習いましたけど…。
でもどうして、
I'm expecting Mr.Abeのままだと変な感じがするんですか?文法的な規則と言うよりは
何かイメージ的に、あるいは感覚的にしっくりこないんですか?

George:I'm expecting Mr.Abe.が変に感じるのは、
expectという単語から来るイメージですね。
expectは ex-(外を)とラテン語のspectare(よく見る) から出来ていて、
つまり、「何かを求めて外を見る」という意味なんですね。だから、安倍総理から何を期待するのか、
その何の部分が抜けていると、しっくりこないんですね。
だから、I'm expecting Mr.Abeと言った後に 「見える」何かが必要なんですね。
それをto reform・・・・というようなo不定詞で表します。

僕:なるほど・・・・・
じゃあ・・、adviseなんかも、
adviseそのものに後にto不定詞を導くような・・・、
そういうイメージがあるんですか?

George:そうです! adviseのadは「付け加える」、
viseはvisionです。
つまりvisionを付け加えるということなんですね。
だから日本語では「彼にアドバイスする」と言っても
そう変な感じはしないかもしれませんが、
英語だとただ単にI advise him.だけだと
しっくりこないですね。
アドバイスをする人は当然vision(考え)があるわけで、
それを付け加えないといけないですね。
だから 
I advise him to join the TOEIC class.(TOEICクラスに入るように彼に助言した)と言うように。

僕:
動詞によってはto不定詞をとるのには、それなりの理由があるんですね。

2007年8月16日 (木)

マザーテレサ

今朝目が覚めてリビングに行くと

一枚のポストカードがテーブルの上においてありました。

それはマザーテレサの写真と彼女の言葉が載っているポストカードでした。

家内が知人からもらったらしいのですが、

その言葉がちょっと素敵だったので

ここに紹介しますね。

So it is not how much we are doing,
but how much love we put in the doing that fulfills the aim.

「大切なことはどれだけたくさんのことをしたかではなく
どれだけ心をこめてしたかです」 −マザーテレサ

忙しいとついつい量だけこなして、丁寧さや気持ちを忘れてしまいますよね。自分としてはタイムリーに出合えた言葉でした。

ちなみに
the doing とはあまり見ないかもしれませんが
名詞で「行為」、「行動」、「行事」という意味があり
また[骨の折れる仕事」という意味もあって
give someone a doing(「人をひどく叱る」とか「責める」)と言ったりします。

2007年6月28日 (木)

make love with her? or make love to her?

There is a problem with this machine.の文の中で
何故withで、inではないのかという質問をよく受けます。

前置詞の問題はむずかしいですね。

ポイントはproblemです。まさにそれが問題なんですが・・。

defect(欠陥)の場合だと

There is a defect in this machine.と言えます。

in が使えるんですね。

ところが

problemだとwithです。

なぜかと言うとproblem(問題)というのは

人のかかわりによって出てくるんです。

つまり、ある人から見ればそれが問題になったり
別の人から見ればそれが問題と見えなかったり
問題があるかないかは人の見方によるんですね

一方defectは誰が見てもあきらかな問題であって
疑問の余地がないんですね。
人の見方によっては問題があるとかないとか
曖昧さがありません。
人の気持ちがどうのこうのということではないんです。

ところが

problemは人の意識が関わって
problemとなったり、ならなかったりします。

似たような表現に
他人のあら捜しをするという熟語に
find fault withというのがあります。

他人の中に欠点faultを見出すか否かは
その他人を見ている人の意識によって
変わってきます

ある人にとってはその人のこういうところが
欠点だと思う人もいれば、それを欠点だと
見ない人もいます。

だから

find fault inとは言わずに
find fault withとなります

withは人と人、人と物との関わりが強い前置詞なんです。


このwithをめぐっては興味深い話があります。

Mr.Georgeから聴いた話なんですけど…

エッチをするは英語でmake loveといいますね。
で、
彼女とエッチをするという表現はmake love with herとなります。しかし80年代以前はmake love to herと言っていたそうです。
なぜtoがwithに取って代わったかと言えば

80年代にアメリカでウーマンリブの嵐が起こった野がその理由らしいのです。つまり女性解放運動です。

to herだと一方的過ぎて、女性が無視されているということで、不適切な表現だということになって
with herを使うようになったらしいですよ。

確かにエッチは一方的にするもんではないですから
with her,with himなんでしょう。

ホント、前置詞は日本人からすれば、扱いにくい英語の分野ですね。






2007年6月 8日 (金)

忙しくないなら?.

しばらくぶりの更新です。ちょっとばたばた忙しくて,
なかなかパソコンに気持ちが向きませんでした。

たいしたことやっているわけではないのですが、なんとなく気持ちがざわざわして、「忙しくなかったらね・・・」と言い訳がましくなります・・・

で、今回はこの「忙しくないなら・・・」という表現について考えてみたいと思います。

「もし忙しくないなら」は英語では2通りでかけます。

ただこのニュアンスの違いが今一つ、という人もおられるのではないでしょうか。

で、
「もし貴方が忙しくないなら・・・」を英語で書くとこうなります。

If you are not busy、・・・・

もう一つは
If you were not busy、・・・・
です。

ただし、wereを使っても過去の話ではありません。

「もしあの時忙しかったら」と過去のことと考える人もいますから、注意してくださいね。
過去のことではありません!

で、この二つの文のニュアンスの違いは何かと言えば
それは「可能性」です。

If you are not busyは、相手が忙しくない可能性は「大」です


ところが、
If you were not busyというのは

相手が忙しくない可能性は、ほとんどないか、
「実際には忙しい」というのがその前提にあります。

だから
「忙しくないなら、手伝ってよ」は
If you are not busy, please help me.
とは言えても

If you were not busy, please help me.とは言えないでしょうね。

一方、忙しい相手に対して、
「忙しくないなら、頼むのに・・・」は
If you were not busy, I could ask you・・・
となります。



そして、実際には相手が忙しいものだから
そのことをちょっと嘆いてみると

もし貴方が忙しくないならなあ・・・


この場合は
「貴方が忙しい」というのがその前提にありますから
you are not busyは使えません。you were not busyです

If you were not busyの
IfがI wishにかわって

I wish you were not busy.
となります。

I wish you are not busyはNGです。

このように過去形(were)は必ずしも過去のことを言う場合に
使うとは限らないんです。

現在の可能性が薄い場合、その可能性が遠い場合を仮定するようなときには
現在形の代わりに過去形を使います。

肯定文の場合も同じ考え方です。

If you were・・・と言った場合
「あなは・・・ではない」がその前提にあります。

そのIf you wereという詩がありますので
ここで紹介しますね。
ちょっと考えさせられる内容ですが・・・。

If You Were

If you were busy being kind
Before you knew it, you would find
You'd soon forget to think'twas true
That someone was unkind to you

If you were busy being glad
And cheering people who are sad
Although your heart might ache abit,
You'd soon forget to notice it.

If you were busy being good,
And doing just the best you could,
You'd not have time to blame some man
Who's doing just the best he can.

If you were busy being right,
You'd find yourself too busy quite
To criticize your neighbor long
Because he's busy being wrong.

2007年3月30日 (金)

Here you are.

「その雑誌、ちょっと取ってくれない?」と頼まれたら

英語ではHere you are.と答えます。

日本語で言えば「はい、どうぞ」です。

で、この「はい、どうぞ」と、物を手渡すときの英語の表現である
Here you are.あるいはHere it is.ですが…、

Here it is.はいいのですが、Here you are.は、
なんか変な感じがしませんか?

Here it is.は直訳すれば「それはここにあります」となり、
日本語の「はい、どうぞ」と、ものを手渡す表現に当てはめても
問題はないようですが、

Here you are. は直訳すれば「あなたはここですよ」という意味ですから、
なんだかおかしな気がします。

この場合のyouっていったい何?、「あなた」という意味ではないの?って思ったことありませんか?

ぼくは学生のころずっと気になっていました。なんだろうな・・?「あなた」ではないな・・・って。

そうなんです。この場合のyouは「あなた」ではないんです。

実はyouは「あなた」という意味だけではないんです。

you以外もそうなんですけど、英語の人称代名詞は「人」以外にも使います。

例えばビジネス英語などでは、
「弊社は・・・」という場合はOur company とかOur firmというよりはweを使い、「御社は・・・」という場合はYour companyというより、youを使います。

weとかyouはただ「私達」「あなた達」という意味だけではないんです。

とくにyouは、特定の人を指さず一般の人を指す場合にも使いますね。

例えば、「青春時代は二度と戻らない」は、
You can never regain your youth.

we, you以外にも人称代名詞がありますけど
heとかsheとかもそうです。

例えば「ラジオを切る」という場合は普通は
turn the radio off
代名詞で言えばturn it offですけど、

そのラジオを聴いていて、しゃべっている人が男性だった場合、turn him offと言ってhimを使う場合があります。


で、最初のHere you are.の結論ですが、

youが何を表しているかというと、

what you asked for(あなたが頼んだもの)を表しています。

つまり
Here you are.は「あなたが(とってくれと)頼んだものはここです」という
意味なんです。

youは必ずしも「あなた」に対応するわけでないんですね。



2007年3月26日 (月)

TOIEC成績結果

先日、本校の生徒のTOEICの結果がでました。
一年コツコツ頑張れば、結構点数は上がるようですね。
450点も上がった生徒がいたのにはビックリ!

そう言えば、放課後も自分達で勉強会なんかしてましたから、その成果なのでしょうか?
やはり、自ら学ぼうとする姿勢が大切なのでしょう。

TOEICの結果はココから見れます。⇒ココ

2007年3月22日 (木)

Excuse us?

「すみません。」とか「ちょっと失礼します。」
という英語の表現はExcuse me.ですね。

「すみません」はExcuse me.と決まり文句のような気がしますが、
いつもExcuse me.とはかぎりません。

Excuse me.は一人の場合ですね。
友達とか家族とかで一緒に歩いていて、込み合っている所で
道を譲ってもらう時とかは、

Excuse me.ではなくて

Excuse us.と複数形になります。

「ちょっと席をはずさせてください。」は、
席をはずす人が自分も含めて数名いるときは

Would you excuse us for a moment?

となります。

2007年3月12日 (月)

dog?

今日は冠詞の話。

冠詞と言えば、a, theですね。日本人は結構これが苦手。
というよりあまり気にしていません。
でも、ネイティブにはかなり気になるようです。

aがつくかつかないかで、大きな違いになる場合があるようです。

学校では数えられないものにはaがつかないとか複数形にしないと
習いました。
物質名詞、つまり水とかの液体とか銅とかの金属とかですよね。
あるいは抽象名詞、「美」とか「愛」とかいうやつです。

簡単に言ってしまえば、どちらも簡単に絵には描けないものだということです。

形があるようでないやつ。形が無ければ絵に描けない。
確かに「愛」には色んな形があるといいますけど、
それでもそれらを一つ一つ具体的に絵にするのは難しいです。

まあ、こまかいことは抜きにして絵にかけないものには
冠詞がつきませんし複数形にもなりません。
水もそのままだと絵には描けないですね。

コップに入った状態だと絵にはかけます。
だから一杯の水はa glass of water
ビンに入っていたらa bottle of waterですね。

ただ問題は、形があるものなのにa,theの冠詞が抜け落ちたり、
複数形にしていなかったなら、ちょっと大変。

よく冠詞の問題で話題になる話に

『「私は猫が好き」「彼は犬が好き」を英語でどのように表現しますか?』があります。

I like cat. He likes dog.
と言う人がいますけど、これは意味が全く異なってきます。
この文章には冠詞がついていない、あるいは複数形になっていません。
こうなると形のない猫、犬になってしまいます。

猫、犬としてのまとまりがない状態ですね。

ちょっとかわいそうな話になりますが、分かりやすい例をあげると、
冠詞がない、あるいは複数形でない猫や犬、つまりcat,dogは、
車にはねられてバラバラになって、肉片になってしまった状態、
猫として犬としての形状をとどめていない状態のことになります。

つまり上の文は
「私は猫の肉が好き」「彼は犬の肉が好き」
という意味になります。

2週間ほど前、乗馬に行きましたけど、
「僕は馬が好き」は、I like horse.はNGです。
これだと「僕は馬刺しが好き」になります。

英語の分かる馬なんかいませんけど、もし分かる馬が
I like horse.と聞いたら、ニ度と乗せてくれないでしょうね。

ちなみに「犬が好き」はI like dogs.になります。
I like a dog.でもいいのでしょうけど、この場合だと名前は言わないが、
ある犬が好きと言う意味になります。
犬一般は複数形のdogsです。

2007年2月 2日 (金)

英語なぜなぜ?(ポカリスエット)

ボクは学生のころはバレーボールをやっていたので、練習の後にはポカリスエットには大変お世話になりました。

汗をかいたらポカリスエットって感じで、いつもごくごく飲んでいました。

ポカリスエットを英語で書けば
POCARI SWEATですよね。

缶にもそう書いてあります。

SWEATは汗・・・でも、POCARIって何?って
思ったことありませんか?

で、気になって調べてみたことがあったんですけど、
英語の辞書には載っていません。

ん?じゃあ・・・スペイン語?

・・・でもないようです。

いろいろ調べてみたけど

結局外国語ではないことが判明。

なんと日本語だったんです。

えっ?って感じですよね。

でも、日本語なんです。

漫画の中で、誰かが誰かの頭をたたいたときに、そのコマの吹き出しに

「ポカッ!」とか「ポカリ」

って書いてあるの見たことがありませんか?



ポカリスエットを作ったときに、名前は覚えやすいほうがいいだろうと、確か
その社長さんが漫画に「ポカリ」とあるから、それにしようと言ったとか。
そしたら社員の人が「それはあんまりでしょう」ということになって、その後に
スエットとつけたんだとか。

ユーモアがあるというか何というか・・・

まあでも今はポカリスエットと言えば、スポーツドリンクの王様。
僕も今でもお世話になっています!

それにしても商品のネーミングって意外なところから
つくんですね。

日本中を一斉風靡したあの使い捨てカメラの
「写るんです」も、製品ができたとき
「これ写るのか?」と聞かれて
「写るんです」と社員が答えたので
それで「写るんです」になったらしいですよ。

商品のネーミングって軽い感じでつけられたほうが
重さがなくてよく売れるようになるのかも・・・

POCARI SWEAT・・・・ほかにもありそうだな・・

ん?カルピス?これは英語なのかな?